生殖遺伝と若年性がん患者に対する妊孕性温存について
生殖遺伝
ヒトゲノムの塩基配列の解読を目的とするヒトゲノム計画は1991年から始まり、2003年に解読が完了しました。2004年にはヒトの遺伝子の数は、2万2287個と報告されました。その後、分子遺伝学研究は爆発的に進展し、病気と“遺伝子”のかかわりが次々と明らかにされてきました。遺伝子が関与する疾患とは遺伝する病気という意味ではなく、遺伝情報をになう染色体や遺伝子の変化によって起きる病気を指します。
現在では様々な病気に遺伝情報が関与することが知られています。一方、(1)遺伝子情報は先天的であり一生涯変わらない、(2)遺伝情報は血縁間で共有される、(3)将来の発症が予測できる、という医学的・社会的特徴があり、遺伝情報の取り扱いによってはさまざまな倫理的、法的、社会的問題を招く可能性があるため、遺伝子が関与する医療に関する体制整備の重要性が強調されています。
生殖医療の分野も当然ながらこうした流れに無関係ではなく、習慣性流産、無精子症、早発閉経、流産、着床不全など、多くの疾患に対して遺伝子、染色体の情報を扱う機会は多くなっています。このような遺伝子、染色体が関連する診療は、当院では主として遺伝情報の取り扱いに関して専門的な教育を受けた臨床遺伝専門医が対応にあたっています。
また、生殖医療の分野のなかでも、着床前診断は、世界的には1990年ころから始まった新しい診断法で、日本では2004年から始まった研究段階の診断法です。着床前診断では、体外受精で得た受精卵から細胞の一部を取りだし検査を行い、正常と診断された胚を子宮に戻します。もともと、重篤な遺伝性疾患を出産する可能性のある夫婦に対して始められ、その後、染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産夫婦に対しても行われるようになりました。今後は、着床前スクリーニングの有効性がわが国でも検討されることになっています。
当院では、日本産科婦人科学会のガイドラインに基づいた着床前診断を実施するため、臨床遺伝専門医の養成、着床前診断に必要な胚生検の技術習得等に積極的に取り組んでいます。
妊孕性温存
若年(40歳以下)のがん患者さんにとって、治療後に不妊になることは、男女ともにがんを克服した後のクオリティー・オブ・ライフに大きな影響を与えます。当院では他院も含めがん治療担当各科と生殖医療科が連携し、若年がん患者さんに対する妊孕性温存(卵子凍結、受精卵凍結、卵巣凍結、精子凍結)を積極的に行っています。
妊孕性温存はすべてのがん患者に対して可能なわけではなく、原疾患の治療に支障をきたさない範囲で、という制限がつきます。当然のことですが、原疾患の治療が何にも増して優先されるからです。従って、原疾患の治療を担当する主治医から許可がでている患者に対してのみ、生殖医療科で妊孕性温存の説明や治療を行っています。
まずは原疾患の主治医の先生と妊孕性温存に関する相談をしていただき、その上で、説明を聞きたい、治療を受けたいと思われた場合は、原疾患主治医の先生を通じて生殖医療科に紹介してもらって下さい。
2016年3月までに、女性54名の卵子、受精卵、卵巣組織、男性53名の精子凍結を行い、すでにがん治療後に妊娠された方もおられます。また、2015年10月には、悪性リンパ腫の方に対して広島県初の卵巣組織凍結も行いました。